#002 Anniversary Interview with HUCKLE BERRY FINN

スウィンギング・ポプシクル 平田博信、藤島美音子、嶋田修

ハックルベリーフィン サクマツトム、山口剛幸(たけ兄)、山口幸彦(ハジ)

インタヴュー・文 黒須誠 撮影 山崎ゆり

 

 

 

今年結成20周年を迎えたスウィンギング・ポプシクルのアニバーサリー対談第二回は、シンプルなメロディとコーラス・ワークが特徴の三人組ポップスバンドのハックルベリーフィン。

埼玉出身の彼らは97年から活動をスタート、99年に AjaRECORDSよりマキシシングル「冒険」をリリースした後に、01年にキングレコードより『ハリケーン』でメジャーデビュー、その後もコンスタントに活動を続け12年に4枚目のアルバム『cairn(ケルン)』を発表、現在に至っている。

 

彼らはアドバンテージ・ルーシーやプレクトラムなどと同様に下北沢のポップスシーンを20年近く牽引しているバンドでもあり、ポプシクル同様メンバー変更なく続いている稀有な存在でもある。両者は七年続いた「七夕イベント」をはじめ、数々のライヴで共演してきたほか、メンバーの平田博信とハジがDQS(ドラム・クイック・サービス)では一緒に活動をするなど、親交も深い。

 

しかしながら改まった対談を行うのは初めてということもあり、取材中はどことなく緊張気味であった両者。バンドの結成秘話から、両者の出会い、そして二組が繋がっている下北沢の音楽シーンについてまで貴重な話が満載となったインタヴュー、ぜひ最後までお読みいただければ幸いである。

 

 

初めての出会いは下北沢モナレコードの七夕イベント(藤島)

●早速なんですが、ハックルベリーフィンの結成から教えてください。

 

サクマツトム(Vo/G) 「なんか曖昧で…」

 

ハジ(Dr/Cho) 「兄弟と幼馴染ではじめたバンドだから、コピーバンドも一緒にやっていたからね。相当前だと思うけどはっきりしないですね」

 

●オリジナルのバンドをやろうと思ったのは?

 

サクマ 「高校生のころからオリジナルの曲を作りはじめていたんです。まだハックルになる前のことですけどね。ハジが入って3人になってからもずっと」

 

平田博信(B/Cho) 「ライヴはどこでやっていたの?」

 

サクマ 「主に埼玉です。南浦和で。」

 

平田 「ポテトハウスとか?」

 

サクマ 「そうそう(笑)。あとナルシスとか」

 

平田 「埼玉ってライヴをやれるところが少ないというか悩んじゃうんだよね」

 

●東京に出てこられたのは?

 

サクマ 「96年ころだったと思いますね」

 

ハジ 「東京といっても最初はね」

 

サクマ 「吉祥寺の曼荼羅と四谷フォーバレーです。それも地元の越谷のスタジオでやっていた先輩たちが、主にそういうところでやっていたので、都内でやるにはまず曼荼羅じゃないかと思ってたんですよ。だから曼荼羅のオーディション受けましたね。初ライヴは四谷フォーバレーだったと思います」

 

●ちなみにポプシクルの初ライヴは?

 

平田 「新宿ロフトです。ヴァサロの工藤君がやっていたワイパーズと一緒にやったんですよ。最初は9人編成だったんです。一回目は9人でやって二回目のライヴからは今の三人になっていましたね(笑)」

 

サクマ 「すごい、リストラだ(笑)。西新宿のロフトは当時怖くて入れなかったよね」

 

平田 「ポプシの母体となるエルフィンというバンドがあって、それは藤島とシマッチがやっていたんだけど、それはロフトの昼の部でやったんだよね」

 

藤島美音子(Vo/G) 「そう、昼の部からだった」

 

嶋田修(G/Cho) 「別に女性のベースの方がいて、その人が募集をかけていたので、そのメン募に藤島さんと僕が集まって三人ではじめたんです。それで途中でベースの方がいなくなって平田君が加入して今の三人になったんです」

 

●二組が初めて出会ったのはいつなんですか?

 

藤島 「ここ(下北沢mona record)じゃないの?」

 

ハジ 「七夕のイベント」

 

サクマ 「サイクルズ森川さんの企画で初めて出会ったんです」

 

平田 「そっか、それまではなかったんだよね。僕がルーシーのサポートでベースをしていたときに一緒にツアーやったんだよね」

 

ハジ 「大阪、名古屋と周ったね。そのときが初めて」

 

●七夕イベントは僕も見に行っていたので覚えています。そのころから仲良くなったんですね。

 

平田 「年に一回のつき合いだったけどね」

 

全員 (笑)

 

藤島 「しかも最初のころはハックルと全然話してなかったよね。よそよそしかった(笑)」

 

サクマ 「あのときはヨシンバもはじめてだったから、完全にアウェイな感じだったんだよね」

 

平田 「出演者みんなそういう感じだったよね」

 

ハジ 「どのバンドも森川さんとはつながっているんだけど、ポプシもはじめましてで、ヨシンバもそうだったから、うちらはみんなが仲いいのかな? って思ってた」

 

藤島 「そうそう(互いに)思っていたよね」

 

平田 「森川さんもじゃあみんなで! という感じでもなかったから一年に半歩ずつしか歩み寄れない感じだったよね」

 

一同 (笑)

 

●それは意外でした。イベントを見る限りでは皆さん仲よさそうに見えていましたから。

 

嶋田 「でもなんで森川さんにポプシは声をかけられたんだろうね?」

 

平田 「サイクルズ時代も対バンしてないしね」

 

サクマ 「うちらはサイクルズとちょくちょくつながりがあったよね。未だに野口くんとはよく会うし」

ポプシは聴きやすかったし、歌の魅力があるバンドだった(サクマ)

●初めて互いのバンドを見たときの印象は?

 

ハジ 「最初はラジオとかで聞いたような」

 

藤島 「モナで一緒にライヴをする前に?」

 

ハジ 「その後平田さんにアルバムのサンプルをもらった気がする」

 

平田 「でも最初に渡したCD-Rが中身空っぽだったという事件もあり、もしかして嫌われているんじゃないかっていう印象を与えてしまったみたいな」

 

一同 (笑)

 

嶋田 「嫌がらせですか(笑)」

 

藤島 「地味な嫌がらせだよね(笑)」

 

嶋田 「決していい印象じゃなかったみたいな(笑)」

 

ハジ 「でもここ下北沢mona recordsでライヴをやったときに、音源はロックなんだけど、アコースティックだったからガラっとイメージが変わったし、シマッチのギターがエレキなのにアコギの音も出ていて驚いたんだよね」

 

嶋田 「バリアックスのギターだね」

 

平田 「確かにシマッチはよくここで使っていたかも」

 

●サクマさんはいかがですか?

 

サクマ 「曲がすごく入りやすくて覚えやすかったりもするんだけど、なんかそんなに簡単なことをやっているようには思えなくて。それでいて難しいことを奇をてらってやっているバンドでもなかったから、すごく入りやすかったです。聴きやすかったし歌の魅力があるバンドだなと」

 

●歌なんですね。

 

藤島 「ありがとうございます(笑)」

 

●反対にポプシクルの三人はライヴで初めて知ったんですか?

 

藤島 「私はそうですね。モナのイベントのときに知りました」

 

嶋田 「バンドのカチっとしたサウンドが凄くて、鮮烈な印象が残ってて。スリーピースでも音圧があって、うわぁーすげー、、、みたいな」

 

平田 「ちょうどそのころの自分は他のバンドに対してわりと否定的に入る感じだったんだけど、ハックルを聴いたときは”相当いいじゃん!”って思ったの。バンドとしてのグルーヴもあるし、ちゃんとしたコーラスができていたし。あと地元埼玉出身のバンドの知り合いがそんなにいなかったから親近感もあったんだよね」

 

嶋田 「たけ兄がたまに暴走するんだよね(笑)。ポプシで暴走するのは僕なんですよ(笑)。だからシンパシーを感じていたんだよね」

 

●コーラスに魅力があるのは、両方のバンドにとっての共通のキーワードですよね。

 

ハジ 「でも圧倒的にポプシのほうがすごい」

 

平田 「いや、そんなことないよ。男女のコーラスだから少し違ったように聞こえるんじゃないかな? 男三人のコーラスと男女のそれとは雰囲気違うしね」

 

ハジ 「以前平田さんと話をしていたときに、ポプシはデモ音源をちゃんと作るって聞いたんだけど、うちらはサクが曲を作ってスタジオで合わせて作り上げていくからすごいアナログだなあと思った」

 

平田 「ハックルは三人そろったら全て事足りると思うんだけど、うちらは三人そろっても何かが物足りないというか。ドラムいないとか、鍵盤いないとなっちゃうから、デモを構築してやったほうがよかったんだろうね」

 

嶋田 「常にドラムがいなかったからね」

 

藤島 「もともとバンド始めたときからシマッチがちゃんと完成度の高いデモテープを作っていたから、その流れで平田君も曲を作るようになったんだよね。バンド内でプレゼンするときも、きちんとした形で持ってきてくれるから、私はそれに歌詞をつけて歌うみたいな感じで」

 

サクマ 「音源のクオリティがめちゃくちゃ高くてよくできているもんね」

 

藤島 「それもソニー時代があって、プリプロをスタジオに入ってプロデューサーと一緒にあーでもないこーでもないとつめていたからね。そこもあって、デモをきちんと作ることも両方やっていたから、今は何やっても大丈夫なんだよね」

 

平田 「僕らは三人以外の音をいっぱいつめこむ習性もあるけど、ハックルみたいに三人でバシっとレコードの雰囲気をそのままライヴで出せるのもすごいと思うんだよね。そこに憧れがあるよね」

 

サクマ 「お互いないものねだりだね(笑)。ポプシは色んな音が入っているから逆に羨ましかったけど(笑)」

 

嶋田 「でも音がたくさんあるからライヴでどうやって表現しようかいつも悩んでいて、結局ライヴアレンジをしちゃうんだよね」

 

藤島 「ライヴはライヴでってね」

 

嶋田 「だから二度手間っていえばそうなんだけど、CDとライヴで両方楽しんでもらえるかなって」

 

●全く違うタイプのバンドなんですね。

 

平田 「ギターポップ村の大きなくくりには一緒にいるんだけれど、作り方は違うんだね」

 

ハジ 「MTR(マルチトラックレコーダー)もともと使わなかったから」

 

サクマ 「作りこみとか全くしないんですよ。コンペとかで曲を出してくださいってあるじゃないですか? そのときも弾き語りで出していて、“これなんとかならないんですか?”ってよく戻ってきていましたね(笑)」

 

平田 「“もうちょっとカチっとしたものを出してください”って言われたの?」

 

ハジ 「そもそもリズムが入っていなかったりしたしね(笑)」

 

平田 「でも僕に言わせればディレクターが能無しだよね。その時点でいい曲かどうか判断できないってことだから」

 

サクマ 「だから編曲を他の人に頼んでやってもらったりしてた。二度手間だったけど」

東京国際フォーラムのステージでもちゃんと魅せられるライヴが魅力(たけ兄)

●ここで互いのバンドの好きなアルバム、曲を教えてもらいたいんですが、ポプシクルの嶋田さんから。

 

嶋田 「やっぱりライヴで対バンしたときによくやってくれていた〈さざなみ〉かな」

 

藤島 「あ、私も、言われちゃった…」

 

平田 「〈さざなみ〉に二票入ったね」

 

藤島 「うん、やっぱり圧倒的に、入ってくるものが」

 

●歌詞がですか?

 

嶋田 「歌詞だけじゃなくてメロディもいいんですよ」

 

藤島 「そうそう、『ありがとう』とか、すごくストレートな歌詞がね。自分ではなかなか使えないんだけど説得力があって、なんかスッと入ってきたんだよね」

 

平田 「この会場の印象も結構あるよね」

 

藤島 「そう、ここだと言葉もガンと入ってくるし…奇をてらわないストレートな日本語の印象がすごくてね…名曲ですよ」

 

●二人とも同じ曲というのが意外ですね。平田さんはいかがですか?

 

平田 「僕はね、多分期待に応える答えだと思うんだけど〈regret〉だね」

 

藤島 「あっやっぱり(笑)。平田君絶対これだと思った(笑)」

 

嶋田 「自分で作りそうだもんね、ああいう曲(笑)」

 

平田 「あれはすごくシンパシーを感じる曲なんだよね」

 

ハジ 「ライヴでは全然やらないけど、リハではよくやってるよね」

 

サクマ 「俺もすごく好きだよ、この曲は」

 

藤島 「何でライヴでやらないの? リハでやって気持ちが満足しちゃうの?(笑)」

 

サクマ 「バンドのイメージが明るくワッとやる感じだから、あの曲は思いっきりグッとくるんで、そのあと盛り上げるのが大変で、あの曲をどこに置くか迷っちゃうんだよね」

 

平田 「ライヴだと見せ方が難しんだろうね。シマッチにも言われたけど僕の作る曲と展開の仕方やコード感が近いんだよね。今日持ってきたんだよね」

 

●『bootlege.p.』のその2ですね。

 

嶋田 「この段ボール風のジャケットいいね」

 

サクマ 「このCDのジャケットはルーシーを真似たんだよね(笑)」

 

藤島 「完全に真似したの?(笑)」

 

サクマ 「これいいね~アイコちゃんどこでやったの?って聞いて業者を教えてもらったの(笑)。ルーシーの『Echo Park』でやってたやつなんだよ」

 

平田 「シンプルでなんだかいいよね」

 

●それではハックルの皆さんにお伺いしたいんですが、ポプシクルの作品で好きなやつを。

 

ハジ 「アルバムは『LOUD CUT』で、作品としての流れがすごくいいなと。曲は「Let me Fly で、ドラムがいいなと」

 

平田 「以前ハジ君にライヴで叩いてもらったんだよね」

 

ハジ 「あのときは当日いきなり参加することになったからすごく緊張して…」

 

藤島 「すごい無茶ぶりだったよね(笑)」

 

平田 「でも無茶ぶりしてもできると思ったからやったわけだからね。ポプシに寄り添ってくれるんじゃないかと思って。その節はすみませんでした(笑)」

 

●サクマさんはいかがですか?

 

サクマ 「僕『LOUD CUT』のアルバムだと「Perfect Loop」が好きなんですよ。すごくキャッチーだし。それと『Go on』のアルバムだと「Stay by my side」。ライヴが印象的だったんだよね。メロディが覚えやすいし」

 

 

●たけ兄さんは?

 

たけ兄(B/Cho) 「俺もアルバムは『LOUD CUT』かな。対バンでもこのアルバムから結構やっていたから。あとポプシがアニメのイベントで」

 

平田 「ニトロスーパーソニックのこと?」

 

●国際フォーラムのやつですね。

 

たけ兄 「あのときのステージがすごい印象的で。ポプシはここでのアコースティックだったり、ライヴハウスのイメージがあったんだけど、あれだけのステージでちゃんと魅せられるのがすごいなと」

 

藤島 「ステージにせりだしがあって、私がやらなきゃいけないんだろうなと頑張って使ったんだよね」

 

一同 (笑)

 

たけ兄 「ポプシは対バンする度に曲の印象が変わるというか。ここモナレコでやっているときはアコースティックで、ちゃんとドラムが入ったときの印象だったり、ああいう大きなステージでの見せ方とか」

 

サクマ 「同じ曲なんだけど、ステージによって見せ方がすごく違うんだよね」

 

たけ兄 「国際フォーラムでの「Perfect Loop」は音源のイメージそのままですごい! って思ったの」

 

平田 「やっぱり互いにライヴでの印象が強いんだね」

 

たけ兄 「だって七年ですよ、七年。七夕イベントは。やっぱりライヴで聴いた曲のイメージが強くなっちゃうよね」

 

 

 

僕の歌がダメだと三人一緒に倒れちゃうから、僕が歌をしっかりやらないといけないと思う(サクマ)

●ここでサクマさんと藤島さんのお二人にお伺いしたいのですが、互いにフロントマン同士、それぞれの魅力について語ってもらってもいいですか。

 

サクマ 「美音子ちゃんはいいフロントマンだと思いますね。僕も歌っているからフロントマンではあるんだろうけど、ハックルの中では三人とも同一ラインという心持ちでもいるんですよ。だけどポプシの場合は、嶋田さんと平田さんが美音子ちゃんをしっかりと立てていて、歌の軸がしっかりとしていて、うちらとは違う三角形になっているように思うんです。声の魅力もあるし…」

 

●藤島さんいかがですか?

 

藤島 「そう思われるのかもしれないですけど、ヴォーカリストがいて二人が立てているというよりは、私もメンバー三人同じに並んでいるつもりなんですよね。コーラスなども含めて曲を作っているのは彼らだし、全然前にいる感じはないというか。ただ男の人三人よりは私がフロントマンには見えるだろうから、本当は責任もってやらなきゃいけないんだけど(笑)、私はいつも並ばせてください! という感覚で。デビューのころはヴォーカルが前に出て男の子たちは後ろで、という写真がやっぱり多かったんだよね。だけどその次のレーベルにうつったときは一緒に並んでいたりというのもあるから。サクちゃは曲を書いているというのもあるし、フロントマンというよりはハックルの核を作っているのがサクちゃんで、そこに二人が寄り添ってさらに自分を出している、そのバランスがすごくいいんだよね。いつ結成したかもわからないくらい(笑)のつきあいだから、何も言わなくてもわかるんだろうな、て感じがする」

 

平田 「ライヴハウスに三人でいること多いよね。何かを観に行ったライヴでも三人そろっていることが多い気がする」

 

藤島 「そうそう、バラバラに来ていてもいつのまにか全員いるんだよね(笑)

 

サクマ 「好みとか近いからね。互いの好きそうなものもわかるというか」

 

●サクマさんはギター・ヴォーカルをやられていますが、昔から前に出たいという気持ちはあったんですか?

 

サクマ 「全然ないんですよ。元々はギタリストだったんです。ハックルをやる前には別にヴォーカルもいたから。『前に出たい!』というのはなかったんですよね。まあほんの少しは自分が注目されたい、という要素はあるんだろうけど、自分が自分が…というのは全くないんですよ」

 

●もしかして人前に出るのが苦手だったとか?

 

サクマ 「それは思わなかったですね。未だに緊張はしますけどね、しゃべったりするのも得意じゃないし(笑)。それこそプレクトラムのタイちゃんは、MCも面白くて凄いなと思うんですよ。あれは僕にはできないけど(笑)。ただ音楽があるから、いいかたちで演奏できると場もあったまってくるので…いい歌が歌えていれば話す言葉も出てくるんですよね」

 

●藤島さんはいかがですか?

 

藤島 「ここでやっていた七夕集会のイベントでは必ずセッションを最後にやっていたんです。そこで主催の森川さんが曲を選んで、当日うちらは一生懸命曲を覚えていたんです。そこで私とサクちゃんがチームになってやっていたんだけど…」

 

サクマ 「あれでよくわかるよね。自分がいかに前に出ていきたくないかが(笑)」

 

藤島 「そうそう、森川さんとヨシンバの吉井さんが二人でトークを引っ張ってくれて、私たち二人は借りてきた猫みたいにそそくさといて(笑)。やることだけやる感じで…。自分のバンドじゃないと、なんかいてもたってもいられない、という感じだったんだよね」

 

サクマ 「何していいかわかんない、という感じで。俺なんかセッションのときはギターを持っていなかったから、手をどうしていいかわかんなかったんだよね(笑)」

 

ハジ 「でもDQSで最初に美音子さんさんがゲストヴォーカルをやってくれたときは、すごいフロントマンだなって思ったよ。(カヴァーをしたマイケルジャクソンに)すごくなりきっていたという印象が強かったから」

 

藤島 「多分ね、一周まわったんだと思う(笑)。もうやるしかないってね。(DQSのリーダー)溝渕さんに召集の赤紙をもらったらノーとは言えないよね」

 

一同 (笑)

 

平田 「下北にいる限り赤紙来るもんね(笑)。でも一回はパスできるらしいよ」

 

藤島 「あっそうなの?」

 

平田 「でも二回目は断れないらしい(笑)」

 

藤島 「だからDQSのリハで歌わなきゃいけないとなったときにリハスタのドアを開けるときに、ここからはやらなきゃと」

 

ハジ 「スイッチ?」

 

藤島 「うん、入ったね(笑)」

 

●藤島さんの場合は普段は自分から前に出るという感じではなく、やるときはやるというスタンス?

 

藤島 「そうですね、やるしかないとなったら(笑)」

 

●でも以前の取材で藤島さんはもともと歌をやりたくて東京に出てきたと話されていましたよね? 当然フロントマンを意識されてということだと思うのですが、どうやって乗り越えられてきたんですか?

 

藤島 「それはしょうがないというか(笑)…歌いたいからそのためには前にでるのはしょうがないよなという感じですね。昔からずっと言っているんですけど、かわいい猫とかぬいぐるみとかを置いて、私は楽屋やステージの袖で歌えたらすごくいいなと思っていたんですよ(笑)」

 

一同 (笑)

 

藤島 「歌うという欲は満たされるし、それでいいんじゃないかと(笑)」

 

平田 「やってみようか(笑)」

 

藤島 「そうね、一回くらいね」

 

ハジ 「新しいね。でもそれで人気出ちゃったら」

 

藤島 「そうね、やりたいことはこれだったんだ!ってね(笑)」

 

●まあ…PANDA 1/2というパンダのぬいぐるみがステージでくるくる回っていて、裏でしゃべっているという例もありますけど(笑)

 

藤島 「あー、もうやってる人いるんですね(笑)」

 

●15年20年と歌ってきたお二人ですけど、ふりかえってみていかがですか?

 

サクマ 「そうですね…ポプシクルのように音の部分で色々広がりを出す感じを取り入れて曲を作ってみたいなといつも思うんですけど、結局シンプルな構成にしてしまうんですよね。音をいれないことがもったいないような気がしていたんです。でもメジャーも含めて色々やってきた上で思うのは、母体となるハックルの三人だけのシンプルな状態が…純粋にいいのかなと思っているんですよ。だから最近のアルバムや新曲も極力音を抜いて、薄くできるところは薄くしたほうが好きになったんですよね。そういう自分達の軸的なものを築けるようになってきたかなと思いますね。あと「歌」じゃないですかね。歌がダメになるとこのバンドはダメになってしまうから。僕の歌がダメだと三人一緒に倒れちゃうから、自分が歌をしっかりやらないといけないなと思いますね」

 

●藤島さんはいかがですか? 20年フロントマンとしてやってきたわけですが?

 

藤島 「やっぱり喉のケアかな。ヴォーカリストとして喉のケアは大事にしてきました。声が出ないと商売にならないんで。例えばベースなどの楽器だったら多少風邪をひいても演奏できると思うけど、歌の場合は如実に影響が出てしまうんですよね。これだけ長くやっていると、そこは大変ですね。ちょっとでも風邪をもらってはいけないから失礼だと思ってもすぐにマスクをつけるし、風邪をひいている人の近くには寄らないし…結局結果を出し続けないといけないから…私の場合は喉にはすごく気をつけています」

 

 

もう下北沢に馴染んじゃっているのはあるよね(ハジ)

●話は変わるんですけど、下北沢って数多のバンドが活動している街なんですよね。ギターポップ界隈だと渋谷よりも下北沢で活動しているバンドが多く見受けられるんです。それが何故なのかが前から興味があって。別に渋谷でも新宿でもそれこそご出身の埼玉でもいいと思うのですが、下北沢に集まってくる。皆さんは何故下北沢でやられているんでしょうか?

 

サクマ 「何故下北沢なのか…やっぱり人じゃないですかね。うちらの場合は下北沢CLUB Queでやることが多くて、店長の二位さんはじめスタッフも僕らの音楽のことをわかってくれるから、音のやりやすさもあるんですよね。そこは大きいですね」

 

●Queですか。確かに下北沢のライヴハウスでは老舗ですし、中心的な存在ではあると思います。

 

サクマ 「下北沢に音楽シーンがあるからそこでやっているという感覚はないんですよ。あまりシーンがどうとかということ考えたことはなかったんですけど…今思うと下北沢における人のつながりでやりやすく感じたりするのはありますね。下北沢440もそうだし、このモナレコードもそうだし…前の行さんとか」

 

ハジ 「もう馴染んじゃっているのはあるよね」

 

たけ兄 「なんで下北沢なんでしょうね…」

 

●前からすごく不思議に思っていたんです。

 

たけ兄 「でも不思議なことにみんな下北沢にいますよね。友だちが下北沢のあちこちでライヴをやっていたりするから、それが色んな人のつながりの輪になっているんじゃないですかね。自分たちが意識して下北沢にいるという感じではないんです。渋谷や新宿が嫌とかそういうわけでもない。でも下北沢にいるのは…言われてみてはじめて気づきました」

 

●取材の前にお二組のライヴの履歴をざっと見ていたんですけど、下北沢が8割くらいあったんですよ。

 

たけ兄 「お客さんとしてライヴを見に来るだけで色んな人に出会えるのが下北沢なんですよ。ライヴの会場だけでなくて街を歩いていても会うし」

 

平田 「ライヴハウスがそれぞれ機能的にそれぞれで働いているというのが大きいのかもしれないですね。440は440らしく、QueはQueらしくシェルターはシェルターらしく、箱ごとにカラーを持ちながらちゃんとやっているから互いに刺激的なムードになっているんじゃないかな。他の街ではあまりそういうのを感じないんですよね。まあそれは僕らがここにいるからかもしれないですけど。それとやっぱり二位さんや行さんとかそれぞれの人の影響があるんでしょうね」

 

たけ兄 「逆に考えると、下北沢にいなかったらポプシに会わなかったかもしれないです。モナのイベントで会ったから今はこうして一緒にやることもあるけれど、例えば新宿のロフトで対バンと言われでもあまりピンと来ないんですよ」

 

平田 「確かに渋谷でライヴやると少しアウェイに感じることがあるんですよね。それは下北沢に来るお客さんの雰囲気が僕らの感覚に近いというのもあるんじゃないかな」

 

たけ兄 「リハーサルスタジオなどもあって結局下北沢に来るから、そこで馴染があるし、街もやっぱりせまいから出会いやすいし」

 

平田 「駐車場も渋谷より安いしね(笑)」

 

●ただ先ほどのお話ではハックルは吉祥寺曼荼羅だったんですよね、最初は?

 

サクマ 「そうです。最初僕らが選んだのは四谷と吉祥寺だったんです。ただそのときにビクターのインディーズのころのディレクターから、こういう音楽をやるんだったら下北沢に行ったほうがいいよって教えてもらったんですよ。それまでは下北沢ってほとんど知らなかったんです(笑)」

 

●ポプシクルも最初は新宿ロフトだったんですよね? 結果的には今は下北沢が多いようですが。

 

平田 「20年前30年前ってバンドがライヴやるなら新宿行こうぜ! みたいな雰囲気があったんです。その新宿から下北沢にシフトしていくときにスマイリー原島さんという方がうまく橋渡しをして下北沢をすごく活性化してくれたんです。我々も最初はその原島さんが作ってくれたコンピに参加させてもらえたので、僕は原島さんの力が大きかったんじゃないかと思いますね。新宿ロフトで最初にライヴをやったときに、ポプシはロフトのスタッフからは受け入れてもらいづらいかな、って思ったんです。彼らはARBというか、魂焦がしてないといけない! みたいな雰囲気があって(笑)、うちらはコードがちょっとオシャレだったり、魂じゃない部分でこういう音楽好きなんです、っていったときにポプシはロフトのスタッフからは受け入れてもらいづらいかな、って思って原島さんに相談して下北沢に色々とお世話になることに」

 

ハジ 「その当時下北沢だと?」

 

平田 「シェルターとQueもあったかな」

 

嶋田 「251もあったよね」

 

藤島 「あ、そうか、ルーシーとね」

 

嶋田 「初対バンやったよね」

 

たけ兄 「俺らが下北沢来る前だよね。それっていつ?」

 

平田 「96年かな」

 

サクマ 「俺らの曼荼羅時代だね、楽屋もなくて(笑)」

 

嶋田 「曼荼羅やったことないな」

 

ハジ 「サウンドは結構いいよ」

 

●ポプシクルは440が多かった記憶があります。

 

嶋田 「そうですね、ワンマンもやらせてもらったし」

 

平田 「440がオープンしたときに、オープンイベントの中でワンマンイベントをやらせてもらったんですよ」

 

●以前見させていただいたのは、オープンイベントだったんですか?

 

平田 「そうですよ。『swinging of eden』だったかな。440はポプシのサウンドに合ったし、味方になってくれるスタッフも多かったから…さっきサクちゃんが言ったように人がバンドを呼んでいる感じはすごくあるよね」

 

●そうするとやっぱり下北沢は皆さんのホームなんですね。

 

サクマ 「だいぶ前に初めて全国ツアーまわったときに最後下北沢GARAGEだったときがあって…そのツアーがあんまりよくなくて」

 

ハジ 「一番最初のときだよね」

 

サクマ 「僕らあのとき全然いいライヴができないまままわってきて…最終GARAGEでもう…辛かったね。でもやっと帰ってきたという感じはあった」

 

嶋田 「何があったの?」

 

サクマ 「当時初めてのツアーで調子にのっちゃって、馬鹿だからお酒とか飲みすぎちゃって次の日いいライヴができなくて…ちゃんと歌えなくて…馬鹿だったんだよね。で一緒にまわっていたのがクリンゴンていうバンドで、すごくいい演奏、いいライヴをするんですよ。それに悪い意味で影響を受けちゃって、真似して 無茶なことをやろうとしてかえってよくないライヴになっちゃったりして」

 

藤島 「うんうん、わかる」

 

サクマ 「名古屋にいったんですけど、名古屋は新参者には厳しいという話を聞いていて…ほんとライヴで拍手が全然もらえなくて…いいライヴができていなかったからもらえなかったということなんだろうけど」

 

たけ兄 「あの時は自分たちのペースが掴めていなかったよね。全然わからなかったし…」

 

サクマ 「そういうこともあって、下北沢だとね」

 

たけ兄 「ライヴやると帰ってきた感はありますよ」

 

平田 「この街にいると時間つぶせるしね。渋谷だとどこ行こうかなと迷っちゃうんですよ」

 

ハジ 「渋谷や新宿だと行く場所はいっぱいあるんだけど、行くと疲れてしまうんですよ。下北沢だとそんなに気を張らなくていい感じがあって」

 

平田 「この街に住んでいるご近所さんみたいな感じがない? お醤油を借りるみたいに、ハジ君を借りてドラム叩いてもらったり」

一同 (笑)

 

サクマ 「音楽だったり舞台だったり、俳優さんも多いし、何かを生み出している人が多いから、そういう文化的な空気というか何かがあるんでしょうね」

 

 

 

CDをいっぱい買った世代なので、やっぱり愛着も執着もありますね(嶋田)

●今CDの売れ行きが大変と言われている中で、配信やアナログブーム、ハイレゾだったりと音楽の届け方が変わってきていますが何かお考えなどありますか?

 

嶋田 「CDをいっぱい買った世代なので、やっぱりCDには愛着も執着もありますね。CDは出したいなというのはずっとあるんですよ。ただ配信中心の時代の流れも受け入れなければいけないから、こだわりは徐々になくなってきてはいますけどね。あと最近だとカセットでリリースする人もいますよね」

 

●そうそう、増えていますよね。

 

嶋田 「だから何でもいいのかもしれないですよね。作品を届けるには制限がないわけで、フレキシブルには考えたいなとは思っています。少し前まではCDを出すことを考えていたけれど、それだけだと“CDだけ出すんだ”という風潮もなきにしもあらずじゃないですか? 配信もCDも出すという流れになると思いますね」

 

たけ兄 「レコードやCDって作っているほうからすると単にパッケージの話でしかないと思うんですよね。僕の場合レコードで出せれば、レコードはジャケットが大きいからかっこよくていいなと思うし、僕もCDの世代なのでやっぱりCDかなと思うけど、どんな形で出していきたいのかと言われると、うーん、それは何でもいいんじゃないかなと」

 

●なるほど…

 

平田 「配信はスピードがいいですね。出来上がってディストリビューターに渡したら、早ければ翌日や翌々日にはリリースできるし。ただなんだかんだみんなが言うようにCDを買ってきた経験を僕らは忘れられないから、配信もやっていきたいんですけど限定でもいいからCDは作っていきたいなとは思いますね」

 

サクマ 「紙の味わいとか実際にモノとして存在する、カタチがあるものは欲しいなと思うし」

 

平田 「そうそう、そういう気持ちが大事だよね」

 

藤島 「あと、ジャケ買いとかしたじゃない? うちらの世代は。レコード屋に行って、ちょっとそこにこもって、色々試聴もして、最終的にジャケCDと試聴したCDの、どれ買おうかなと迷いながらお買い物して。

で、ジャケ買いしたCDは家で聴くとどうだったかというのが楽しかったりしたから。モノが無くなっちゃうと、ちょっと聴いて、はい、もういいや、となる可能性があるからね…」

 

たけ兄 「パッケージとしての所有欲というのはわかるんですよね。CDマニアの友達がいてこの前話をしていたんだけど、CDが全部レコードになったら破産するって言うんですよ(笑)。”レコードにしたらさらに場所もとって重たくもなってこれ以上置けない!”ってね。ほんとにパッケージは好き好きなんだなあと思っていて。レコードのA面を聴いてからB面を聴くという手間もすごく懐かしいなと思って。昔はシングルのCD買ってきたり借りてきたりしていたんだけど、一曲だけすげえ聴いていたなと。一曲に集中する感じはすごくいいなあと思いますけどね」

 

嶋田 「説得力があるんですよ。レコードのほうが。CDで聴くよりもレコードで聴いたときの感動を体験しちゃうとやっぱり」

 

平田 「友だちとか家に来るとCDラックとか見るよね? ”お前これが好きだったのか?”とか恥ずかしいCD見つけてニヤニヤしてしまうところとか(笑)。データになるとパソコンの中を覗くわけにはいかないからさ。CDのその感覚はいいよね。すごく仲良くなれる感じがね」

 

 

売れるということだけではなくて、バンドマンがこうやって音を作っていくんだということを後輩に提示していく必要があるんじゃないかと思う(平田

●今回はポプシクルの結成20周年記念対談ということで、最後にハックルのメンバーからポプシクルのメンバーにエールをいただけたら。

 

ハジ 「面と向かっていうの恥ずかしいね(笑)…20年というのは決して短くはなくて、この先も10年20年と変わりなく続けていってもらえたら、僕もずっと音源聴き続けるのでよろしくお願いします」

 

サクマ 「僕らもそうですけどこれだけ長くやっていると今さらどうこうするよりかは、純粋に三人で生み出してきたものをもっと楽しむことに集中すると思うの で、そこをこれからもどんどん深く掘り下げていってほしいし、今後も僕らのいいライバルになると思うし…期待しています」

 

たけ兄 「20年おめでとうございます。20年…そうですね。20年続けるっていうのは、20年の間に色んな人たちがいなくなりましたよね。ここまで来たか らにはこの先も10年20年続けてもらって、先をいく先輩なんで、作品に期待したいですね。どんな風に吸収して作品にどんな風にフィードバックさせてくる のか興味があります。以前カヴァーでキャロル・キングをリリースしていたけど、そういうところでルーツが見えたりとか…作品としてのポプシを期待していま す」

 

平田 「ありがとうございます。じゃあ我々もハックルの16周年のお祝いを(笑)」

 

一同 (笑)

 

藤島 「そうですね、コメントいただいて嬉しいんですけど、さっきの話を聞いているとうちらより全然先輩じゃん! と思ったんだけどね(笑)…私が見るとき はいつもライヴが凄すぎて…三人の息がピッタリでグルーヴがすごくて、どうやったらこんなのできるんだろうなと自分が落ち込んじゃうんだよね(笑)。やっぱりそこは見習いたいなと思うし、三人のグルーヴがこのまま続いて、いつも私を悔しがらせてくれたらと思います(笑)。またよろしくお願いします」

 

嶋田 「16周年、おめでとうございます! ハックルの三人は、ほんとに気さくでナイスガイだと思います。これからも仲良くしてください!」

 

平田 「じゃあ最後に軽く締めさせてもらいます(笑)。やっぱり仲間がいるから続けてこれたと思うんですよね。誰も知り合いがいなかったら続けるのは難しいと思うし。僕らよりも若い後輩たちもそういうシーンを自分たちで作っていくと思うんですけど、彼らが僕らのような先輩が作ってきたシーンに憧れてほしいなとも思うし、売れるということだけではなくて、バンドマンがこうやって音を作っていくんだということを後輩に提示していく必要があるんじゃないかと思うのでこれからもお付き合いよろしくお願いします」

 

●皆さんありがとうございました。

 

 

2015年9月5日掲載

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